ぐらんぐるめぞんじゃぱん

20代が東京から発信する食・お酒についての関心事。

子どもに「勉強しろ」と言う前に勉強する意味を教えた方がいい

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人よりも少しだけ早く、そして少しだけ長く反抗期があった気がします。

 

思えば、親に対して苛立ちを覚えたのは理不尽さや命令口調が原因でした。

その中でも、よくあるのが「勉強しろ!」という言葉。

 

勉強することは子供の僕にとって苦痛でした。

学校のテストで100点取ったって小学生の頃は大してすごく無いし、宿題だってどんなに大量に出されてもやってくるのが当たり前。もしやって来なかったらペナルティーやマイナスイメージ。得することが無い。だけど勉強はやらなくちゃいけない。

周りの人に聞いたこともあります。

だけど、納得する答えは返ってこなかった。

だったら、友達とカードゲームしたり、野球したり、一人でロールプレイングゲームに向かってたかったです。

だって、それらは純粋に楽しいし、次に自分が勝つためにどうすればいいのか考えた。それが面白かったんです。

 

そんなこと考えながら中学校に入学し、塾に入りました。スパルタもスパルタ。出来なきゃ怒る、そんな塾でした。愛はあったけど暴力もありました。勉強をやる意味なんて考えてる暇なく、怒られた時の悔しさと褒められた時の喜びを繰り返し、進学校に入学します。

 

高校に入って驚いたのは、皆が一生懸命勉強に励んでいることでした。

昼休みも勉強していたので、思わず聞いてみたことがあります。

「なんで勉強してるの?」

答えは驚きでした。

「大学に入りたいから」

たった一言ですが、僕はこの一言に今までの自分とこれからの自分を壊されたように感じました。

 

今まで好きなことを制限してまでやらされていた勉強は大学入学のためだけのためにやってきたのか。泣きながらやらされてた中学の勉強は、別に行かなくてもいい大学のためだけだったのかと思うと、それまでの自分を否定されたかのようで、

また、このまま何も考えずに勉強していては自分の将来が危ういと痛感しました。 スパルタだった塾のおかげで成績は悪くはなく、ひとまず同じような勉強方法を続け、そして何故勉強するのかを必死で考えることとしました。

 

まず始めの理由は『負けたくないから』

勉強を競技と置き換え、どういった勉強方法なら相手を出し抜けるか。ここで重要なのは、四六時中勉強すればいいというわけでは無いこと。抜く時は抜き、必死になるときは必死になる。まず成績で勝つことが第一ですが、勉強時間が短ければさらに良し!といった具合です。

このときの勉強は楽しくなりかけてた。初めてと言っていいほど、自分から勉強をしたからだ。そりゃ当然。作戦を練りあげたら、それを実行したくなるものだから。

 

そして次に、勉強への熱心な取り組みは他のものに良い影響を及ぼすとわかる。

そこで次の理由づけ。『良い成績を出すためではなく、賢い人間になるために勉強する』

例えば部活で音楽をやったときも、やみくもに練習するのでは無く、まず練習方法を考える。

親の手伝いをする時も、まず全体の構造を把握してから、その作業をする意味、そして効率を考える。 つまり、全体を見る観察力とそして何より先にまず考えることが出来るようになったわけだ。

 

ここまでくると学校の勉強も少しずつ意味を成してくる。そして自分に言い聞かせる「大学入学なんてためじゃない。自分のこれからの人生のために今勉強してるんだ。」

 

そして、最後に科目ごとの意味を考える。 高校時代、良い先生に出会いました。日本史の先生でその人の話を聞いてると歴史って面白い!って心から思えてました。

日本史にのめり込んだころ、いろいろなことに気がつきます。

なぜ、鎌倉幕府のあと室町幕府はまた京都に出来たのか…

なぜ、江戸幕府は京都ではなく江戸に出来たのか。

気づいたのは、「歴史に名前を残している人たちは、よく歴史を知っている」ということです。 歴史上の過ちを繰り返さないために、自分は何をするか考えた結果、それを行動に移し、結果名前を遺すこととなる。 歴史に名前を残したいわけではありませんが、今生きている自分たちに求められていることもそういうことだと思います。個人レベルでも国家レベルでも歴史を知っているかどうかでは雲泥の差があります。

 

数学は?国語は?音楽は?それぞれの科目の意味を考えれば考えるほど勉強が面白くなりますし、その答えは自分でしか見つけられない特別な価値を持つと思います。

 

この文章を通して、勉強をすべきだと主張したいわけではありません。

子どもの頃からスポーツに打ち込む人がいるように、また音楽に打ち込む方もいます。その方たちはその何か打ち込んだものから、人生の糧となるような経験と発見をしているはずです。それが、勉強にもあるんだと。それを伝えたかったのです。

 

そしてタイトルにあるように、ただテンプレのように「勉強しろ」というような大人にはならないでください。